(本記事は2019年11月に取材したものです)
金沢駅から歩いて15分。駅や観光地から少し離れた場所に「金沢彩の庭ホテル」はあります。
このホテルは「医療的ケア児の旅行ガイドライン作成プロジェクト」で、モニター家庭の受け入れを協力してくださったホテルです。
オープン当初からユニバーサルルームを用意するなど、介護が必要な方の宿泊にも積極的に取り組みながら、宿泊予約サイトのじゃらんが行う「じゃらんアワード」を4年連続受賞、TripAdvisor「口コミで人気!朝食のおいしいホテル ランキング 2019」で 全国8位にランクインするなど、金沢のホテル業界をけん引する存在でもあります。

今回は営業マネージャーの菊田正治さんに、医療的ケア児の旅行の受け入れやユニバーサルツーリズムへの考え、地域と共生していくホテルの姿について伺いました。
そこには、ひたむきにホテルの地元である金沢と向き合い、その魅力を一人ひとりのお客様へ丁寧に伝えていく姿がありました。
「医療的ケア児の旅行ガイドライン作成プロジェクト」に参加して
ー 医療的ケア児の旅行ガイドライン作成プロジェクトにご協力いただきありがとうございました。このプロジェクトについて、スタッフの皆さんはどのように受け止められていたのでしょうか?
菊田さん:私どものホテルでは、介護が必要な方の宿泊に関しても他のホテルやサービス業よりも受け入れの窓口を広くし、しっかり対応していこうと日頃から取り組んでおりました。ですので、支配人からこのプロジェクトの話があったときも、ぜひ協力しよう、という思いがございました。
ー ありがとうございます。車椅子など、介助が必要なお客様の宿泊は普段から多いのでしょうか?
菊田さん:はい、バリアフリーと銘打ったお部屋をご用意しておりますので、この地域のホテルの中でも車椅子の方の利用は多いと感じております。

利便性よりも、金沢の良さを伝えていくことをホテルのコンセプトに掲げる
情報から想像を巡らせて準備を整えるーユニバーサルツーリズムへの考え
菊田さんのお話を伺うに、彩の庭ホテルには、「車椅子だから」「医療的ケアがあるから」というのではなく「金沢に来てくださる方すべてに楽しんでいただこう」というフラットな考え方があるようです。
ー 接客の中で大切にしていることはどんなことがあるのでしょうか?
菊田さん:私どものホテルには、お客様との信頼感を大切にし、金沢に来たことを楽しんでいただこうというコンセプトがございます。

ー 「お客様との信頼感」はどのようにして作られているのでしょうか?
菊田さん:宿泊の予約を受け付けましたら、すぐに確認も含めてお客様へお礼のメールをお送りします。その後もチェックインの日が近づいてきたタイミングで、お困りごとや質問がないかお尋ねしたりするんですね。
そうしたやり取りの中で、お客様から「高齢の母と一緒のため、今回がおそらく最後の旅行となります」というお言葉を頂くことがございます。
バリアフリーのお部屋があることや、私たちの対応を信頼していただいているのかなと思うと、嬉しくは感じます。でも、最後とおっしゃらず、もう一回お越しいただいて旅を楽しんで頂きたいなという思いもありますね…。

菊田さん:お客様とのやり取りの中で、車椅子や医療的な介護が必要な方と分かると、私どもも、どういう準備が必要か事前に分かりますので、お出迎えの準備がしやすいです。
宿泊するゲストが妊婦さんだと分かれば玄関にイスをおいておくなど、ゲストからの情報を元にその人が楽しめるための工夫をスタッフで考えるのだとか。

菊田さん:例えば左半身が不随のお客様の場合は、当ホテルは手すりが左側にしかありませんので、右手をどうやってサポートさせていただくかと考えることが出来ます。お客様からの情報を元に、どんなサポートができるか、どうしたら旅行を楽しんでいただけるのかを考え、お客様一組一組の旅のストーリーを完結できるようにお手伝いさせていただく。それが私たちの仕事なんです。

こうして実際の接客や経験から、お風呂用のイスや、手すりといった介護用品、おむつを処理するための袋やごみ箱、非常時のブザーなど様々なサポートアイテムの設置や貸し出しも行っているそう。
こうしたアイテムの導入は、ミーティングや他社の動向を見ながらどんどん進めているのだとか。

「このホテルにしかないものを作り上げていく」ー地元密着へのこだわりについて
館内では地元の工芸品の展示も館内随所でされていて、地元密着へのこだわりを感じます。

伺ってみると、金沢卯辰山工芸工房の卒業生の作品などを展示しているとのことですが、実はこの工芸品の販売にもこだわりがあります、と菊田さんは語ります。
菊田さん:当ホテルでは、若手工芸作家の方の支援を目的に、工芸回廊という展示を館内で行っております。こちらで展示している作品については、ご希望される方には販売もいたします。ですが、販売方法は委託販売ではなく、当ホテルで買い取りをいたしております。
ー 委託販売の形式を取らないのはどうしてでしょうか?
菊田さん:委託販売は、売れたら作家さんにお金が入って、新しい作品が届くという仕組みなんですが、そうすると、売れるまで作家さんにはお金が入らず、支援になりにくいのです。そうした経緯もあって、当ホテルでは、展示作品すべてを買い取り、その作品を展示するようにしております。

地元密着の取り組みは工芸品の展示や若手作家の支援にとどまりません。
レストランで提供している朝食では、地元北陸の食材をふんだんに使用し、水のおいしい地域でもあることから、海と山の名水を飲み比べ体験ができるようになっています。

こうした取り組みは、金沢だからこそできる”おもてなし”や”しつらえ”なんです、と菊田さんは語ります。
ー このような環境の中、働いているスタッフの方は、誇りをもって働くことができる環境ではないでしょうか?
菊田さん:そうですね。私どもは、このホテルにしかないものを作り上げていこうとしていて、金沢に関する知識もとても大事にしております。スタッフが金沢の知識を身につけることをホテルとしても推奨していて、金沢検定もスタッフみんなで受けています。金沢検定の合格者数は、ホテル業界の中ではおそらく一番高いのではないでしょうか。
金沢検定といえば、地元では合格率20%未満の狭き門と知られる検定。金沢に関する深い知識を身につけているからこそ、お客様への幅広い提案ができるのでしょう。

SDGsにも積極的に取り組むーホテルが担う社会的な役割とは
こうして、バリアフリー旅行の受け入れや、地元の工芸作家への支援など、様々な取り組みをされている彩の庭ホテルさんに、最後にどうしても聞いておきたかったことがありました。
それが、フードロス対策アプリ「TABETE」への登録についてです。
ー TABETEというフードロス対策のアプリにも登録されています。これはどういうところからスタートしたのでしょうか?

菊田さん:支配人がこうしたフードロス対策の取り組みがあるという情報を掴み、始まりました。取り組みを通して、ホテル業界や、全世界が悩んでいる食材ロスに貢献できないかなと考えております。こうした取り組みは、地域を盛り上げることにも繋がっています。

菊田さん:マイクロプラスチック問題についても、他のホテルや飲食店にも先行して大麦や紙のストローを導入いたしました。当ホテルのレストランでお出ししているストローは、地元の石川県小松市の大麦わらを使って就労継続支援事業所で作られたものです。
支配人がこうした取り組みをどんどん取り入れることで、ホテルが進むべき方向を示してくれています。この方向に進んでいけばいいんだなというのが明確なので、私たちも頑張れるんですよ。
ー ホテルという業界から社会で果たすべき役割に積極的に取り組まれているのですね。本日はありがとうございました!
取材を通して感じたのは、彩の庭ホテルは宿泊業というよりも、もはや金沢の文化や食など全てを、滞在を通して伝えていこうとしている”メディア”のようなホテルだということ。
その根底には、言語の壁や障害の有無を超えた、人間味あふれるおもてなしの心がありました。
また、金沢の歴史、文化、食、自然、建築、芸術……さらには世界の環境問題に至るまで。
様々なことについて、たくさんの知識を吸収し、ホテルの事業を通して伝えていくことで、未来に残していきたい金沢の姿を作っていっている。そんな姿を感じる取材となりました。