2025年9月に「ホテルインディゴ軽井沢」にて実施された医療的ケア児のモニター宿泊体験(オレンジキッズケアラボ主催)。宿泊体験レポートに続き、今回はホテルインディゴ軽井沢のスタッフの方々へのインタビューをお届けします。
今回の企画に参画した動機や、実際に受け入れ対応して感じた感想や課題、そしてホテルとして果たす役割など、様々なお話をうかがってきました。

“True hospitality for good”の精神
──まず今回、医療的ケア児のお子さんの受け入れようと思われたきっかけからうかがえますか?
高良さん(以下高良):はい。理由はいくつかあるのですが、まずホテルとしてCSR(※)活動に力を入れているということが根幹にはございます。
医療的ケア児に限らず、親御さんと一緒に暮らすことのできない子ども達が利用する児童養護施設「軽井沢学園」への訪問や、フードバンク軽井沢が主催する子ども食堂「あたしキッチン」でのボランティアなど、当館開業時から毎月多くのチームメンバーが参加しています。また私たちIHG(IHGホテルズ&リゾーツ)は「True hospitality for good」という理念を掲げており、その一環として、チャリティや社会貢献活動を行う「Giving for good month」という月間も設定しています。
(※)CSR…「Corporate Social Responsibility」の略で、企業が利益追求だけでなく、環境や社会に対して責任ある行動を取るべきという考え方や活動全般。

「旅行が“苦”ではなく“楽しみ”に変わる瞬間」
高良:もう一つ大きな動機となっているのは、実は私の個人的な体験で。
もう10年以上前の話になりますが、いちコンシェルジュとして現場にいた時に、難病を抱えたお子さんの受け入れを担当していたことがございました。支援団体さんと何度も打ち合わせをし、準備を進めるのですが、お客様の体調がすぐれずキャンセルになることが続きました。
すると「もう申し訳ないから」と、先方からご依頼が来なくなってしまったんです。それでも、お気になさらないでいただきたい旨を何度もお伝えしてアプローチし、結果受け入れが実現しました。するとそのお客様が、「旅行に行くのが“苦”ではなく、“楽しみ”に変わった」「最高の思い出になった」と言ってくださって。
この経験が個人的にも大きくて、以来ずっと難病や障がいを抱えた子どもたちのために何かできないかという想いを抱いていたので、今回ご縁をいただき実現できたことがとても嬉しいです。

ホテルマンの異動が「旅をする理由」になる
高良:この話には後日談もありまして、その時にいらしてくださったお客様は、私が転勤になる度に異動先のホテルに泊まりに来てくださっているんです。今も継続して旅行を楽しんでいただけていること、そして私の異動がお客様にとっての「旅をする理由」の一つになっていることが、ホテルマンとして嬉しいです。なので私だけでなく、ぜひ多くのスタッフにも体験してもらえたらと思っています。
──ホテルマンとしての“後進の育成的な視点”もあったのですね。
高良:実際に今回の受け入れでも、私が具体的な指示を出したわけではなく、お部屋のアレンジから演出方法まで、現場のスタッフ一人ひとりがそれぞれの持ち場で「自分に何ができるだろう」と考えながら決めてくれています。でもこれは、医療的ケア児の方への対応に限ったことではありません。通常のお客様をお迎えする時のスタンスと何ら変わらないんです。もちろん初めてのことに挑戦する不安はあるかと思いますが、どんどん経験して自身のスキルとホスピタリティマインドを磨いていってもらいたいです。

“特別扱い”ではなく「当たり前の体験」を
──実際に今回受け入れを経験してみた“ビフォア・アフター”として、スタッフの皆さんの感想もお一人ずつ聞かせていただけますか?
八巻さん(以下八巻):実は私も以前の職場で医療的ケア児の方の受け入れを経験したことがあるんです。なので「そんなに難しい話ではない」と理解していたと同時に、「ただペースト状にして出すという話でもない」とも思っていました。つまりそこには料理人としての“アレンジ”や“提案”があるべきであって。
“医療的ケア児”といっても、好き嫌いだってある“普通の男の子”ですよね。だからこそ「食べることが楽しい」という気持ちが広がるような食事を、想像力を働かせながら考えました。

高良:「当たり前の体験」をご提供するということですよね。ですから今回のお席も、個室などの“特別なお部屋”ではなく、あえて皆さんと同じ、賑やかなレストランフロアでご用意させていただきました。
八巻:そうなんです。そういう意味では全てのゲストが“特別”なのであって、どの方にも同じような感覚で接しています。もちろん食事は別で作りますけども、だからと言って“特別扱い”という風には思っていません。何よりハル君が完食されていたのが嬉しかったですね。やっぱり甘いものがお好きだったようで、用意していてよかったなぁと。

かけがえのない、子ども時代の“味覚の思い出”
──ハル君、トウモロコシのメニューはチューブではなく、経口で召し上がっていましたね。当然のことながら、彼らにも「好み」はあるわけで。
八巻:言葉で伝えられなかったとしても、“味覚”はあるわけですから。ちなみに3歳くらいを境に味覚をつかさどる味蕾(みらい)の機能は低下していくとされていますが、小学生くらいまでに体験した味は、大人になっても覚えていられるそうなんです。だから「あの旅で食べたあの味」をふと思い出すこともある。そういう“味の思い出”を作れるのも、ホテルレストランならではの仕事だなと感じていますし、「あのホテルのレストランでまた食事したいな」と思い出していただけたなら、料理人冥利につきますよね。
──早い段階でお子さんに色んな味覚を味わってほしいというのは、料理人の方ならではの視点ですね。医療や福祉の業界ではなかなかない発想だと思うので新鮮です。

喜びを与える“感性”を忘れずに
──そしてミキサーにかけられた食材が何なのか、その実物までご用意いただいたのには驚きました!どんな味がするのか、こちらも見ているだけで感じ取れるようで。
八巻:ペースト状にしたものをそのままテーブルにお出しするというのでも、確かに“問題”はないのかもしれないけれど、それでは“喜びを与える感性”がないなと。なので思いついたものをやってみました。
高良:料理としてのプレゼンテーションというか、やはりホテルとして、“期待”は超えていきたいですよね。周りのテーブルと比べても見劣りしないどころか「私のプレートの方が素敵でしょ?」と思っていただけるような。

ケア児が「外に出ていく」ことで、変わっていくこと
──杉さんはレストランマネージャーというマネジメントのお立場から、実際に対応されてみていかがでしたか?
杉さん(以下杉):そうですね。ホテルのレストランって、元々広々としたつくりのところが多いので、動線的にも設備面でも、特に大変なことはなかったですね。

杉:そして以前私が働いてたレストランのシェフも、お子さんがハル君と同じような症状だったんです。大人が常にそばにいて、唾や痰を吸引する必要があったので、シェフはレストランを開業される際、キッチンの隣にお子さんをケアできるスペースを併設されていました。今ではもう中学生くらいに成長されているのかな。そういった姿をみていたので医療的ケア児の方が「どんな風に生活をされているのか」ということは何となくは知っていたんです。とはいえお一人お一人でもちろん症状やご要望も異なるので、今回はどういう方なのかというのはきちんと把握したいと考えていました。
──杉さんも!お三方ともに個人的に医療的ケア児との接点があったのですね。そういう意味でも、ケア児さんが「どんどん外に出ていくことの重要性」を改めて感じます。まず認知していただくことで社会の方が少しずつ変わっていくというか。

杉:あとはレストランという場所柄、「吸引する時の音が他のお客様が気にされるのでは」という懸念の声もあったのですが、実際は周囲が賑やかだったので、全然気にならなかったですね。
──私たちも立ち会っていましたが、全く気にならなかったです。むしろ“生活音”というか“雑音”のある場だからこそよかったのかもしれません。
杉:そうでしょう。僕も「特別扱いをすること」がお客様にとって良いことだという風にはあまり思っていないんですね。ハル君には普段の賑やかなレストランの雰囲気を味わっていただくのが一番良いのではないかと。「過ぎたるは及ばざるが如し」といいますが、なんでも“トゥーマッチ”になりすぎないようには気を付けています。

現場を経験したからこその気づき
──大田さんは客室全般のご担当をしてくださいましたが、準備される上で感じたことや、ご感想などお聞かせいただけますか。
大田さん(以下大田):そうですね、初めての経験なので、準備段階では「バギーが問題なく入るだろうか?」「テーブルはここでいいだろうか?」…など不安要素もたくさんありましたが、何より「ハル君に喜んでもらいたい」という一心で、私自身楽しみながら準備をすることができました。
実際にお越しいただいて、ハル君も皆さんと一緒にウェルカムドリンクを楽しんでいらっしゃる姿をみて、嬉しかったと同時に安堵しました。


──部屋のしつらえも素敵で、私たちもびっくりしました!ちなみに想定外だったことや、難しかったことなど、今後への課題のようなものはありましたか?
大田:そうですね。どんな医療機器やお荷物を持ってこられるか、ということまでは事前にヒアリングしていたのですが、「その機器を置く場所はどこが適切か?」「コンセント数は足りているだろうか?場所は遠くないか?」ということは実際にやってみて気づいたことでした。もう少し細かく聞き取りできていたらよかったなと。
──確かに、今回の支援者の方も「部屋のレイアウトを決める際、一番最初にコンセントの場所を確認する」とおっしゃっていました。お二人は介助のプロなので延長コードも持参されていましたが、一般のご家族はお持ちでない場合もあるかもしれませんね。
大田:あとは機器が想定していたよりも重かったので、どこに置くのかあらかじめ決めておけたら、チェックイン後にバタバタバタしなくてよかったのではないか、そしてお部屋自体もちょっと遠かったのではないかー‥なども。
高良:いいね、どんどん出していこう!これこそが次への学びになるんだから。

身体の不自由な方 ≠ アクセシブルルーム
大田:そして大きかったのは「お風呂」ですね。今回「バギーでいらっしゃる」ということでアクセシブルルーム(※)をご案内していたのですが、介助者の方が「ハル君の場合は普通のお風呂の方が使いやすいです」とおっしゃったんですね。こちらも固定概念で決めずに、もっと具体的に細かくヒアリングしていたらよかったという思いがあります。
(※)アクセシブルルーム…身体の不自由な方、特に車椅子ご利用の方や高齢の方が快適に過ごせるよう、バリアフリー設計が施された部屋。
高良:そうですね。アクセシブルルームはお風呂とトイレが一緒になっているつくりなのですが、ハル君は座れないので、お風呂場で寝かせながら体を洗うことになります。アクセシブルルームは「座れる方」にとっては良いですが、座れない場合は普通のセパレートのお部屋の方が都合が良いということでした。私も足を骨折した時期があるので気持ちはとても良く分かります。私だって、トイレの床には座りたくないと思いますから。

選択肢を開示して「一緒に考える」
──やはり実際にやってみないとわからないことってたくさんありますよね。もし次ご提案するとしたらこんな風にしたい、などはありますか?
大田:そうですね、「条件をうかがってこちらで選ぶ」というよりも、私たちが持っている「選択肢」をご提示して、一緒に選んでいただく形も良いのかなと思いました。お部屋の種類はもちろん、用意されているセットや備品の数や場所など、細やかな情報もお伝えして、その場でもご提案できたら良いなと思いました。
──ああ、「選択肢」と「ご提案」ってすごくありがたいポイントだなと。今回の介助していたのは支援者の方だったので、スタッフの皆さんへの「要望の伝えやすさ」があったと思うんです。でも一般のご家族の場合、遠慮してしまうこともあると伺います。なので滞在中であっても「アップデートしてもらえる」というのはすごく心強いです。
大田:そうなんです。こちらとしては、邪魔だったら撤去しますし、おっしゃっていただければ、延長コードも何本だってご用意しますよ!という気持ちです(笑)

「ホスピタリティのリスト」と「命を守るリスト」
──ホテル側に「用意いただけるもの」がリストアップされていると参考になりそうですね。あとは、保冷剤を冷やす必要がある時「備え付けの冷凍庫に冷凍の機能あるか」といった細かい情報も気になります。ウェブサイトに掲載されている綺麗な「館内写真」だけでは、欲しい情報が読み取りづらいので「お部屋の動画や、間取り図などがあるとありがたい」というお声もいただいたことがあります。
高良:なるほど、今のご意見もしっかりメモさせていただきました。“あるあるQ&A”みたいなものも、用意しておくと便利かもしれませんね。
私たちも事前にかなりヒアリングさせていただいていたつもりではいたのですが、実際は足りていない部分もあり。やはり視点が“ホスピタリティ側”からなので、質問が偏っていたのかもしれません。だからこそ、こういった経験をもとに「聞くべき要点」がリスト化されたヒアリングシートがあったら、もう少しお互いスムーズにできたのかなと感じています。

──でもその「ホスピタリティ側の質問」も私たちにはかなり心動かされていたんですよ。支援者の方も「こんなことまで聞いてもらえるんだ…!」「初めてこんな質問されました!」と感激されていました。
高良:それはよかったです。「こういうのがあると嬉しい」という視点と同時に、「ここは絶対に外せない」というポイントも、医療的ケア児のお客様をお迎えする上では必ずありますよね。例えば何か緊急事態が生じた場合に備えて、救急車がアクセスしやすい部屋をアサインしたり、医療機関情報も事前に共有させていただいたり。
ホテル業は「お客様を幸せにする仕事」ですが、大前提として「お客様の命を守る仕事」でもあります。医療的ケア児の方に限らず、アレルギーのある方や、介護が必要な方、そして地震や火災など、そういったプレッシャーは常にありますし、ホテルマンとして「備えへの自信」だけは持っておかなければいけないと思いながら臨んでいます。なのでエッセンシャルな情報も広く共有されると良いかもしれませんね。

「ここにいけば全部わかってくれている」という場所に
──確かに大前提を共有して省力化できれば、もっと細部のコミュニケーションにも時間を割けるようになるかもしれません。「もっと細かく確認できたらよいけれど、お手間をかけてしまうし、もしかしたらキャンセルになってしまうかもしれないし…」と、皆さん悩んでいらっしゃるので。
高良:そうなんです。皆さんそれで旅行の計画を躊躇されてしまいます。ご体調がなにより優先ですから、キャンセルが多くなることは当然ですし、仕方がありません。
なので弊社では「担当を一人つけよう!」と今話しておりまして。担当が付いていれば、例えキャンセルになっても「またゼロからコミュニケーションをとって…」とはならず、“続きもの”としてご対応させていただけます。お客様にとって「ここにいけば全部わかってくれている」という場所になりたいですし、旅行が「特別な一大イベント」ではなく「気軽なリフレッシュ」としてご利用いただけるようになったら嬉しいですね。

「お客様を教育していく」ホテルの役割
──今回皆さんのお話の随所に「全てのお客様が特別。だからこそ極度に特別扱いしない」という精神を感じさせていただいたと同時に、これが保護者側の立場となると、食事中の吸引音など「周囲に不快がられるのではないか」といった“不安”を感じてしまうというのも正直なところだと思います。
高良:今回他のお客様からのクレームはゼロでしたよ。むしろ「こういった取り組みもされているんですね」と、ポジティブなお声をいただきました。
もし仮にですが、クレームをおっしゃるお客様がいたとするならば、それはホテルとしてお客様を教育しなければならないと思います。それはケア児に限った話ではなく、障がいやトランスジェンダーなど様々なマイノリティの方々の問題にも関わってくることです。「全てのお客様」に「当たり前のこと」をご提供する、これは私たちホテルとしての明確なポリシーです。

高良:多様性を受け入れていくことは、何も難しいことではなく、「もし自分が、家族が、子どもが、彼らと同じ立場だったら」ということに思いを馳せるということですよね。その時に温かく受け入れてくれる場所や、自分らしくいられる場所があったら、嬉しいではないですか。だから私たちは以前から、LGBTQ+の方々を支援する活動にも積極的に取り組んでいます。
バトンをつないで、新しいホテルカルチャーをつくっていく
──素晴らしいですね。ただ、これはホテル側の“精神”でしか乗り越えられないものなんでしょうか?もし皆さんから同業者の方や観光事業者全体に向けて伝えられることがあるとしたら、どんなことがあるでしょう?
高良:昨今の人手不足もあって、ホテル業界はみな大変だという事情は理解できます。でも、実際にこういったプロジェクトに参画することで、スタッフのスキルもホスピタリティマインドも成長させていくことができるわけですよね。
だから私たちが今回経験した様々な成果を発信していくことで、競合ホテルさん達にも「自分たちのホテルでも受け入れてみよう」と思っていただけたら嬉しいですし、ホテル業界全体の理解が深まっていくと良いなと。
なので今回の取り組みを一過性のもので終わらせずに「次のホテルにバトンを渡していく」、さらにその先の「新しいホテルカルチャーをつくっていく」というところまで持っていきたいと、私たちは考えています。

お客様も、スタッフの人生も、より鮮やかに
高良:ホテルとしてのポリシーやブランドを守りながら、むしろより強くしていきながら、取り組めることってたくさんあると思うんです。私たちIHGは「人生をカラフルにする」をテーマとして活動しています。ご滞在中のひと時を満喫していただくのはもちろんのこと、チェックアウトした後にも、何かものの見方や感じ方が変わったり、日々をより鮮やかなものにできたなら。
今回ハルくんがお食事を召し上がっている姿を目にされたお客様も、きっと何かを受け取ってくださっていると思います。そして私たち自身も多くの学びと刺激をいただきました。だから今後もぜひ続けていきたいですね。
そうだ、今度は「温泉」なんていかがしょう?別府にシスターホテルがございまして、インフィニティプールを眺めながら浸かれる温泉があるんです。
──温泉…!それはすごく素敵ですね…!医療的ケア児のように体の緊張が強い方ほど、お風呂ってすごく癒しになるので。ぜひご一緒させてください!今回はありがとうございました。

(取材:2025年9月)

*当企画は日本財団のTOOTHFAIRY基金の支援金を受けて事業を実施しました。
